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死海文書、2018年北朝鮮白頭山噴火

2017/10/31  ▼不思議・トンデモ・科学

死海文書の予言をプロットに考えてみた。

キーワード
①イスラエル建国70年
②光と闇の戦い
③アロンのメシアとイスラエルのメシアが現れる

①'イスラエルの建国は1948年(5月14日)なので70年後は2018年
ちなみに北朝鮮の建国は1948年9月9日

②'核爆弾か火山の噴火で夜でも明るくなる。これは北朝鮮の事ではないかと思う。火山なら白頭山

③'-1アロンのメシアはフリーメイソン系とのネット情報がある。
なので私は高須クリニックの院長の高須克弥だと思っている。彼はなすべき時になすべきことをできる素晴らしい人だからだ。
関係ないけどフリーメイソンの会員は日本全体で2000人弱で在日米軍の関係者が大半を占めていて、日本人は200人くらいだそうだ。

③'-2
イスラエルのメシアは日本人からでるとのネット情報がある。
それは新天皇だと思う。2018年に今上天皇が退位、譲位されるタイミングが一致する。
新元号は4月からが有力なので②光と闇の戦いは4月までに起きると推測できる。
しかし即位の礼がいつ行われるかは現時点ではわからないので4月までとは限らない。

③'-3
アロンのメシアとイスラエルのメシアの橋渡しをするのは青山繁晴さんだと思う。
アロンはモーセの兄。
青山さんはモーセの生まれ変わり説?2002年5月29日に旧約聖書に出てくる約束の地カナーン(パレスチナ)を望むヨルダン側のある場所で偶然モーセのポーズをした(青山氏はそのエピソードは知らなかった)
そこはモーセがカナーンに向かって同じポーズをしたところだった。

青山さんが言っていた場所は特定できなかったが、ヨルダンのネボ山の可能性が浮き上がってきた。


2018年何かが起こる、、、かもしれない。

2017/10/31  ▼不思議・トンデモ・科学 TB(-)コメント(-)

獄の墓の場所が分かったかもしれない

2016/10/09  ▼不思議・トンデモ・科学

西浦和也さんの怪談で「獄の墓」があります。

とても興味深い話でした。

話中に出てくる獄の墓とは何か、どこにあるのかネット検索しました。

キーワード
・中山道にある仕置場。学校からちょっと離れた川のそばに獄の墓がある。
・川は暗渠になっている。
・忌地になっていない(忌地だと使い道がないので公園などになっていることがある)ということは現在は家などの建物が建っている。現在は誰も知らないで住んでいる。

・西浦氏の先輩の子供「ブドウが浮いてるよ」→斬首された首の集合体のことだと思う。
・西浦氏の先輩「(獄の墓は)すごい意外な場所にある。びっくりするぞ」とのこと。

・大きなJRの駅前。

YOUTUBE「ムー度満点!トーク vol2 西浦和也」より
・板橋刑場跡地は住宅街になっている。遺体を川のへりに捨てていた。
・板橋駅の東口の目の前にあった。
・ロータリーのあるところ。近藤勇の墓。
・ロータリーのあるところは昔は川(池?)の合流ポイントだった。
・だから池袋の名前の元になっている。今の池袋は雑司ヶ谷。

キーワード終わり

獄とは牢獄の獄のことで、刑場で処刑された人の墓のことを指すのであろう。

twitter
「獄の墓」で検索すると板橋駅前との情報があった。

板橋駅周辺ということが分かったので更に深く調べてみた。

板橋刑場
平尾一里塚近くにあった馬捨場に作られた刑場のことらしい。
多分、常設型ではなく、便宜上刑場と言っているだけで名目上仮設しただけだと思う。
場所はJR板橋駅の踏切から東に数十メートル先にあったらしい。

板橋刑場で処刑された有名人
罪人は小塚原刑場に送られて処刑されるが近藤勇は板橋刑場で斬首された。

罵頭観音
馬捨て上のあったところに建てられることがある。
板橋刑場の跡地と噂される地点のすぐ近くにあった。
そこは一方通行の狭い道路沿いにある駐車場とマンションの間に不自然に存在している。
そのマンションは1998年に建てられているので板橋区に掛け合って魂抜きをして撤去または移転することもできたはずなのに、今もなお不自然にそこに存在するというのは平将門の首塚や羽田の大鳥居のように動かしてはならい特別なものなのだろう。

馬捨場
横瀬夜雨 著 天狗塚
當時囚へられた天狗は、例外なしに各部落の馬捨場で首を刎ねられてゐる。正五位飯田軍造、天狗軍中強豪を以て聞えた木戸の軍造も、下妻の町外れで死骸を張付にかけられ、馬骨とおなじ穴に埋められてゐる。
と書いていある。人間以下の存在として殺されたのだろう。

近藤勇、板橋の馬捨場で斬首刑
恐らくは近藤勇も天狗党員と同じ「見せしめ、人間以下の存在」として小塚原刑場ではなく馬捨場で斬首されたのであろう。
もしかすると当初胴体は天狗党員と同じで馬捨場に掘られた穴に放り投げられたのかもしれない。(もしかすると形式的に)
胴体は近藤勇の墓に埋葬された。(馬捨場から拾い上げて?)
石山亀吉邸の跡地を墓にした。

結論
獄の墓:JR板橋駅の東口にあるロータリー付近である可能性がある。

板橋刑場(馬捨場):近藤勇が斬首されたのはロータリー付近、板橋駅の踏切から数十メートル東に行ったところにある馬頭観音付近の可能性がある。

問題点は獄の墓=近藤勇の墓なのかという点である。
というのは獄の墓(JR板橋駅の東口にあるロータリー)から徒歩ゼロ分、目と鼻の先に近藤勇の墓があるからである。

ぶどう
西浦氏の先輩の子供が言っていた「ぶどう」は馬捨場で斬首された罪人の首の集合体ではないかと思います。


おまけメモ

鈴ヶ森刑場
旧鈴ヶ森刑場は三田警察署かも
現在の鈴ヶ森刑場は移転している。

新選組の残党
新撰組の土方歳三は五稜郭に立て籠った。
当時の網走の囚人は犯罪者ではなく士族。戊辰戦争で幕府方についていた人達。いわゆる政治犯である。
五稜郭にいた人達。
囚人道路(網走~旭川)の建設に従事させられていた。
鎖のつながれ方は右手と右足、左手と左足をつなぎそれを耳に穴をあけてつないでいた。

※YOUTUBE「ムー度満点!トーク vol2 西浦和也」より

もしかすると新選組の残党も囚人道路の建設関係しているかもしれませんね(管理人)

板橋の学校
2ちゃんねるで板橋区の心霊スポットを検索すると学校が多いとのことでした。
今回の件といい、関東大震災、東京大空襲とたくさんの人が亡くなって可能性はあると思います。

冒頭にも書いたように忌地には公園などができますからね。「など」、、、公共施設。たとえば学校とかね。




2016/10/09  ▼不思議・トンデモ・科学 TB(-)コメント(-)

陸の即身成仏・海の補陀落渡海

2012/07/29  ▼不思議・トンデモ・科学

今回は即身成仏と補陀落渡海について書こうかな。


●即身成仏(そくしんじょうぶつ)
wikiより。
即身成仏(そくしんじょうぶつ)は、仏教で人間がこの肉身のままで究極の悟りを開き、仏になることである。即身成仏の思想は、主に真言密教の教義であり、真言宗において説かれる。空海の『即身成仏義』により確立される。また、天台宗・日蓮宗においても『法華経』に基づき説かれる。
即身仏(修行者が瞑想を続けて絶命し、そのままミイラになること)と混同されがちであるが、即身仏と即身成仏は全く別物である。違いは「成仏」は生きている状態で悟ること。

●補陀落渡海(ほだらくとかい)
wikiより
この行為の基本的な形態は、南方に臨む海岸に渡海船と呼ばれる小型の木造船を浮かべて行者が乗り込み、そのまま沖に出るというものである。その後、伴走船が沖まで曳航し、綱を切って見送る。場合によってはさらに108の石を身体に巻き付けて、行者の生還を防止する。ただし江戸時代には、既に死んでいる人物の遺体(補陀洛山寺の住職の事例が知られている)を渡海船に乗せて水葬で葬るという形に変化する。

厳密に言うと違うのですが、陸の即身成仏、海の補陀落渡海と覚えれば試験対策にはなるとおもいます。
船に乗っているときに即身成仏もできるので、補陀落渡海をしながら即身成仏をした即身仏というのがもっともレアなケースなのではないでしょうか。


僕が即身仏の存在を知ったのは、このもの頃に見た怪奇番組だと思うのですがその番組ついては全く覚えていません。

西岸良平さんの漫画「鎌倉ものがたり」で即身成仏をテーマした回があったのは覚えています。
あとはディスカバリーチャンネルで即身成仏をまるっと1時間特集したのを見たことがあります。

即身成仏・補陀落渡海は高い志を持って行うパターンと、罪人が処刑か即身成仏になるか選べるパターンがあったそうです。
処刑と言っても武士のように切腹や絞首刑なんて甘っちょろいものではなく、行きながら何して地獄と恐怖と苦痛をともなう処刑が待ち受けているとなると即身成仏になってもいいのかな…いや即身成仏も相当地獄の日々が待っているからどっちもイヤーーー(>_<)

昔の日本の処刑
・石子詰めの刑
穴を掘ってそこに入り、ちょっとずつ石を投げ入れて徐々に生き埋めにする
死んだ後の処理が大変ですね。石を全部とりだして死体を回収して野晒しにするのかな?
それともそのまま放置するのかな?そうではれば刑場には無数の穴ぼこがあるってこと?
なんにせよ徐々に死ぬ恐怖を味わうくらいならさっさと死にたいものですね。

・釜茹での刑
ボコボコと煮えくり返る熱湯か油の中に入れられて殺す。
詳しいことはド忘れしてしまったので検索中ですが、昔のヨーロッパのどこかの国では死体の処理を土葬でも火葬でもなく、釜茹でにして肉をドロドロに溶かして処理していたそうです。
そのおかげでその地方の木がなくなってしまったということがあったそうです。
生きていながらにして釜茹でになるのも、死んでから釜茹でになるのも嫌ですね。

・鋸挽きの刑
江戸時代までは本当に通行人などにノコギリで首を徐々に切らせたらしいのですが、江戸時代以降は形式的になったそうです。
自分の肉や骨がギリギリと音を立てて切られていくなんて想像しただけでちびってしまいそうです。

昔の中国には凌遅刑というのがあったそうですね。
罪人の肉や体の一部ををちょっとずつ剥ぎ取って、苦痛を味合わせて徐々に殺していくというものらしいです。
おおこわっ。

まだまだ残虐な処刑法はありますが、ここまでにしておきます。
酷い殺され方をして野晒しにされるか、過酷の工程を踏んで即身仏となり後世の人に拝んでもらうのがいいのか。
あなたならどっちを選びますか?

僕は…どっちも嫌です。


日本全国にある刑場跡地を訪れて歴史を再確認してみてはいかがでしょうか。
家に帰ると1人か2人連れて帰ってそうで怖いですけどね。

刑場跡といえば大阪の難波にあるビックカメラ(旧プランタン)
ここは昔刑場跡地だったとうことで、なかなかアメージングな体験をした人がいるとかいないとか。
心霊本を読むと、ここの従業員がエレベーターの中で見たくないものを見たとか見てないとか。


首吊り自殺や絞首刑のあとは、筋肉が緩んでウンコやらおしっこやらがビチャビチャと出てしまうそうですが、それを処理する人は本当に大変ですね。
絞首刑のときはオムツをすればいいのかな。誰が処理するのかな?特別手当は出るのかな?

まだまだ勉強不足なことばかりです。


いろんな死後の扱いですが、火葬、土葬のようなメジャーなもの以外にはゾロアスター教やチベット仏教の沈黙の塔での鳥葬、事実確認が出来ていので都市伝説の範疇ですが日本のとある地域ではヤドカリ葬なるものがあるそうです。

宜保愛子さんがアフリカには動物に死体を預けるなんちゃら葬があると聞いたことがあるとのことで、マサイ族にそれを聞いたら「ない」と言っていました。

ちょっと昔の沖縄では、お墓(僕等が普通に想像する姿形ではなく、家みたいな姿形)に死体を安置して、腐敗して骨だけになったら回収していたそうです。
その家から何人も死人が出たときは複数の死体があったとのこと。
それが文化・伝統なので当時の沖縄の人達は死体・骨は怖いもの、気持ち悪いものではなく、普通に接することが出来たそうな。

日本のミイラ仏 (臨川選書)
日本のミイラ仏 (臨川選書)
2012/07/29  ▼不思議・トンデモ・科学 TB(-)コメント(-)
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